ワイルド・ソウル

ワイルド・ソウル 上 (新潮文庫)

ワイルド・ソウル 上 (新潮文庫)

ワイルド・ソウル 下 (新潮文庫)

ワイルド・ソウル 下 (新潮文庫)

尊敬する方に薦めていただいて読了。文庫本で上下二巻の大作。『ワイルド・ソウル』は単なるエンターテーメントか、それを超えるのか。




1960年代、外務省の移民政策によって多くの日本人がブラジルに渡った。移民先にあったのは、文字通りの地獄だった。外務省の政策に騙され、移民者は言葉もわからない密林のなかで過酷な暮らしを強いられることとなる。
移民者のひとりである衛藤は、絶望と貧困の極限状態の中ブラジルを生き抜いていった。時は現代に戻り、衛藤と仲間たちは政府に対しての復讐を開始する。



以上のようなストーリーで、最初の4分の1くらいが過去のブラジルの話、後の4分の3が現代での復讐劇といったような構成。注目すべきは、過去のブラジル編、そして全体を通した登場人物の心理描写だと思う。




過去のブラジル編について。外務省の移民政策は史実に基づいているのだが、その陰惨さは言語を絶する。国家としてのモラル(笑)と言わざるを得ない。勿論、国としての論理や不可避な部分もあるだろう。しかし、他にもやり方はあっただろう。
人は極限状態でどう行動できるのか。それを考えさせられる。衛藤のブラジルでの体験は、絶望と貧困の極限である。そこで何を考え、どう行動することができるのか。タレブのブラックスワンという本の中にこんな一節があったことを思い出した。【結末を決めるのは偶然だ。私たちにできるのはただ、尊厳をもつことだけだ。】言うは易しだが、そうありたいと感じる。




登場人物の心理描写も示唆に富む。この作品では、日本人の心理とブラジル人の心理が対照的に描かれている。恐らくその大きな違いは、自我の範囲である。日本人的自我が自分に限定的なのに対し、ブラジル人的自我は自分のいる世界を包む広がりがある。日本人が小さく考えるのに対し、ブラジル人は大きく考える。大きく考えるからこそ、ブラジル人は心に余裕をもって生きられる。世界を愛することができる。
正直、一長一短はあると思うし、ブラジル人と同じ思考では日本では生き残っていけないだろう。それでも、この作品を読んでブラジル人との思考の違いを感じ、自身の思考をいま一度内省してみることは有意だと思う。



ちなみに、『ワイルド・ソウル』は物語としても十二分に面白い。スピード感溢れるエンターテーメントだ。大藪春彦賞吉川英治文学新人賞日本推理作家協会賞の、史上初の3冠受賞を成し遂げているらしい。極限状態にある人や、現在の自分を窮屈に感じている人には一読の価値あり。そうでない人も楽しめます。悪しからず。



最後まで読んで頂いてありがとうございます。最近寒いです。お身体にお気をつけください。